人生とは、何のためにあるのでしょう。
何かを成し遂げるためでしょうか。
成功するためでしょうか。
誰かに認めてもらうためでしょうか。
もちろん、仕事で成果を出すことも、経済的な豊かさを得ることも、
人から評価されることも、人生の一部です。
けれど、それだけが人生の価値を決めるものではないと、私は思っています。
人生の最後に、本当に大切になるのは、
「私は、自分の人生をちゃんと自分で生きたと思えるか」
ということなのではないでしょうか。
他者からの評価だけでは、人生の価値は決められない
私たちは、知らず知らずのうちに、外側の基準で自分の人生を測っています。
どれだけ収入があるのか。
どんな仕事をしているのか。
どれだけ多くの人に認められているのか。
結婚しているのか。
子どもがいるのか。
社会的に成功しているのか。
SNSでは、どれだけ反応を得ているのか。
こうしたものは、分かりやすい指標です。
だからこそ、「自分はうまくいっているのか」を判断するために使いたくなることがあります。
けれど、人から高く評価されていたとしても、
自分自身がずっと違和感を抱えながら生きていたなら、
本当にそれを「自分の人生」と呼べるでしょうか。
反対に、世間から見れば特別ではない人生だったとしても、
「私はこれを大切にして生きてきた」
「自分で考え、自分で選んできた」
「この人生でよかった」
と思えるなら、その人生には、その人にしか分からない深い豊かさがあります。
人生を生きるのは、他の誰でもなく自分です。
だから最後に、自分の人生を評価できるのも、本当は自分なのだと思います。
「自分の人生を生きる」とは、自分勝手に生きることではない
自分の人生を生きるというと、
「好きなことだけをする」
「人の意見を聞かない」
「自分の思いどおりに生きる」
という意味に聞こえることもあります。
けれど、私が考える「自分の人生を生きる」は、少し違います。
私たちは、完全に自由な状態で生きているわけではありません。
生まれた環境。
家族。
身体。
時代。
経済状況。
社会の仕組み。
人との出会いや別れ。
予想していなかった出来事。
自分では選べないものも、たくさんあります。
人から影響を受けることもあります。
誰かの言葉によって方向が変わることもあります。
迷うことも、間違えることもあります。
それでも、その中で、
「私はどう感じているのだろう」
「私は本当はどうしたいのだろう」
と、自分に戻って考えることはできます。
そして最終的に、
「私はこれを選ぶ」
と決める。
それが、自分の人生を生きるということなのだと思います。
人生には「選べないこと」と「選べること」がある
人生では、自分の意志だけではどうにもならない出来事が起こります。
どれだけ努力しても、すべてをコントロールすることはできません。
だから私は、人生とは「すべてを思いどおりにすること」ではないと思っています。
けれど、
起きたことをどう受け取るのか。
そこから何に気づくのか。
次にどんな方向を選ぶのか。
どう自分を整えるのか。
そして、どんな行動をするのか。
そこには、私たち自身が関われる余地があります。
人生の流れそのものを完全に支配することはできなくても、
その流れの中で、どちらへ舵を切るのかを選ぶことはできる。
私はそこに、人間が自分の人生を生きるための大切な主体性があると思っています。
「流れを読むこと」と「流されること」は違う
占星術では、天体の動きから、その時期に流れているテーマを読みます。
けれど、流れを知ることは、その流れに従わなければならないという意味ではありません。
時代の流れも同じです。
周囲の人の価値観も同じです。
SNSで多くの人が語っていることも、それが自分にとっての正解とは限りません。
流れを見る。
情報を受け取る。
人の意見を聞く。
そのうえで、一度自分の内側へ戻る。
そして、
「私はどう感じるのか」
「私は何を選ぶのか」
を確認する。
流れを読むことと、流されることは違います。
流れを理解したうえで、自分の意志で選ぶ。
そこに、自分の人生を生きるという姿勢があります。
間違えないことが、自分の人生を生きることではない
自分で選んだとしても、うまくいくとは限りません。
あとになって、
「違ったかもしれない」
と思うこともあります。
誰かの価値観に影響されていたと気づくこともあります。
遠回りをすることもあるでしょう。
けれど、それでいいのだと思います。
大切なのは、一度決めた道を最後まで貫くことではありません。
違和感に気づいたなら、選び直せばいい。
方向が違うと分かったなら、整え直せばいい。
そしてまた動けばいい。
人生は、一度の選択ですべてが決まるものではありません。
何度でも、自分のところへ戻ることができます。
気づく・選ぶ・整える・動く
気づく → 選ぶ → 整える → 動く
という循環を大切にしています。
気づく。
今、自分が何を感じているのか。
どこに違和感があるのか。
何を望んでいるのかを知る。
選ぶ。
周囲の基準ではなく、自分にとって進みたい方向を選ぶ。
整える。
選んだ方向へ進むために、思考、感情、環境、習慣、現実的な条件を整えていく。
動く。
小さくても、現実の中で行動に変える。
そして、動いたことで新しい経験が生まれ、また何かに気づいていく。
この循環を繰り返していく。
私は、このプロセスそのものが、
自分の人生を、自分で生きるためのプロセス
なのだと思っています。

人生の意味は、あとから変わることもある
人生には、その瞬間には意味が分からない出来事もあります。
「どうしてこんなことが起きたのだろう」
と思う経験もあるでしょう。
けれど、何年も経って振り返ったとき、
「あの経験があったから、今の自分がいる」
と思えることがあります。
反対に、そのときは成功だと思っていたことが、後になって、
「本当は自分が望んでいたものではなかった」
と分かることもあります。
だから、人生の意味は最初からすべて決まっていて、
それを見つけなければならないものではないのかもしれません。
経験しながら、
気づきながら、
選びながら、
自分自身で意味を育てていく。
人生とは、そういうものでもあると思います。
自分との関係を失わない
人生には、正解を知りたくなる瞬間があります。
「この選択で合っているだろうか」
「この方向へ進んで大丈夫だろうか」
そう思うことは、誰にでもあります。
けれど、すべての選択に絶対的な正解があるわけではありません。
だからこそ大切なのは、
正しい人生を生きることより、自分との関係を失わないこと。
なのだと思います。
何かに迷ったとき。
周囲の声が大きくなったとき。
情報に振り回されそうになったとき。
一度、自分に戻る。
私は今、何を感じているのか。
何を大切にしたいのか。
どちらへ進みたいのか。
そしてまた、自分で選ぶ。
その積み重ねが、自分の人生になっていきます。
「この人生でよかった」と思える生き方へ
人生の最後に、どれだけ多くのものを持っているか。
どれだけ評価されたか。
どれだけ大きな実績を残したか。
それらも、その人の人生の一部でしょう。
けれど、それ以上に大切なのは、
「私は、自分の人生を生きた」
と思えることなのではないでしょうか。
完璧ではなかった。
迷ったこともあった。
間違えたこともあった。
遠回りもした。
それでも、そのたびに自分に戻り、自分なりに考えて、自分で選んできた。
そして最後に、
「この人生でよかった」
と思える。
Mayula Method™が目指しているのも、何か特別な人になることではありません。
誰かの正解を生きることでもありません。
自分の人生の主導権を、自分の内側へ戻し続けること。
そのために気づき、選び、整え、動いていく。
そして、自分自身が納得できる人生をつくっていく。
それが、私が考える「自分の人生を自分で生きる」ということです。















