人生を振り返ったとき、
「もっと成功したかった」
「もっと評価されたかった」
「違う道を選べばよかった」
そんな後悔は、私にはあまりありません。
もちろん、うまくいかなかったこともありました。
遠回りしたこともあるし、思うようにならなかったこともある。
「あのとき、もっとこうできたかもしれない」と思うことだってあります。
それでも、そのときの自分なりに考えて、そのときできる選択をして、ここまで生きてきた。
だから、自分の人生そのものをやり直したいとは思わないのです。
成功したかどうかとは別に、
これも私の人生だった。
そう思えるからです。
でも、今でも思い出すと涙が出るような後悔があります。
それは、亡くなった父や、これまで一緒に暮らしてきたペットたちのことです。
大切にしていても、「もっと」は残る
父のことも、ペットたちのことも、大切にしていなかったわけではありません。
そのときの自分なりに愛情を注いでいたし、できることもしていたと思います。
一緒に過ごした時間もある。
笑った時間もある。
心配したことも、そばにいた時間もある。
ちゃんと、大切な存在でした。
それでも、亡くなってしまうと、
「もっと話しておけばよかった」
「もっと一緒にいればよかった」
「もっと優しくできたかもしれない」
「もっと何かしてあげられたのではないか」
そんな思いが、いくらでも出てきます。
今でも、会いたいと思います。
もう一度話したい。
もう一度触れたい。
もう一度名前を呼びたい。
そんなふうに思うことがあります。
どれだけ大切にしていても、愛情を注いでいても、
別れのあとには「もっと」が残ることがある。
それが、大切な存在を失うということなのかもしれません。
愛情には「これで十分」がない
考えてみれば、愛情には「ここまでやれば十分」という明確な終わりがありません。
もっと一緒にいたかった。
もっと笑っていてほしかった。
もっと元気でいてほしかった。
もっと幸せでいてほしかった。
もっと生きていてほしかった。
大切な存在であればあるほど、「もっと」は尽きないのだと思います。
だから、後悔が残っていることを、
「私は大切にできなかった」
という意味にしなくてもいいのだと思います。
むしろその「もっと」の中には、
まだ渡したかった愛情が残っている。
そう考えることもできる気がします。
相手がいなくなったから、その愛情の行き先がなくなってしまった。
だから、「もっとしてあげたかった」という気持ちになって残る。
後悔と愛情は、案外近いところにあるのかもしれません。
後悔をなくすためではなく
「大切な人は、大切にできる今、大切にする」
この言葉は、後悔しないための言葉ではありません。
どれだけ大切にしても、きっと後悔を完全になくすことはできないからです。
人間だから、いつも優しくできるわけではない。
忙しくて余裕がない日もある。
自分のことで精一杯になるときもある。
家族だからこそ、素直になれないこともあります。
ペットに「あとでね」と言って、構ってあげられない日だってある。
そして、その何気ない一日が、いつ最後の時間になるかは誰にも分かりません。
だから私は、
「絶対に後悔しないように生きよう」
とは思いません。
大切なのは、後悔をゼロにすることではなく、
今できる愛情を、できるだけ後回しにしないこと。
なのだと思います。
「いつか」より、「今」
また今度話せばいい。
今度会えばいい。
今度ゆっくり一緒に過ごせばいい。
いつでも会えるから。
私たちは、ついそう思ってしまいます。
普段そばにいる人ほど、そこにいることが当たり前になっていきます。
でも、その時間がずっと続くとは限りません。
これは、悲観的になろうという話ではありません。
むしろ反対です。
限りがあるからこそ、
今日一緒にいられることを、ちゃんと受け取りたい。
少し話せるなら、話す。
会いたいと思ったら、会う。
ありがとうと思ったら、伝える。
心配なら声をかける。
そばにいる動物に触れたいと思ったら、触れる。
何か大きなことをする必要はありません。
人生の中であとから思い出すのは、案外そんな何でもない時間だったりします。
同じ食卓を囲んだこと。
くだらない話をしたこと。
何気なく名前を呼んだこと。
同じ部屋で過ごしたこと。
ただ隣にいたこと。
その時間が、あとになって、かけがえのないものだったと気づくことがあります。
成功よりも、心に残るもの
仕事で失敗しても、やり直せることがあります。
環境が合わなければ、変えることもできます。
人生は、何歳になっても軌道修正することができます。
でも、大切な人との時間だけは、同じ形では戻ってきません。
だから半生を振り返ったとき、
成功できなかったことよりも、
「もっとこうしてあげたかった」
という気持ちの方が、私の中には深く残っています。
それは、成功がどうでもいいということではありません。
自分の人生を大切に生きることも、仕事をすることも、
自分のやりたいことを形にすることも大切です。
でも、それと同じくらい、
自分のそばにいる人との時間も、大切にしたい。
私は、そう思います。
何かを成し遂げることだけが、人生ではないから。
大切にできる今、大切にする
きっとこれからも、
誰かとの別れのあとには、
「あのとき、もっと」
と思うのでしょう。
それを完全になくすことはできないのかもしれません。
でも、後悔が残ることと、その人を大切にしていなかったことは、同じではありません。
たくさん愛していても、
たくさん一緒に過ごしていても、
「もっと」は残る。
それだけ、その人が大切だったということでもあるから。
だから私は、
後悔をなくすためではなく、
今ここにある大切な時間を、ちゃんと生きるために、
そばにいる人を大切にしたいと思っています。
いつか失うことを恐れて過ごすのではなく、
今会えること。
今話せること。
今笑えること。
今一緒にいられること。
そのひとつひとつを、当たり前にしすぎない。
それが、私にとっての
「大切な人は、大切にできる今、大切にする」
という言葉の意味なのだと思います。

















