自分の人生なのに、いつの間にか、自分以外の誰かの基準で生きていた。
そんなことに気づく瞬間があります。
誰かに認められたい。
期待に応えたい。
間違った選択をしたくない。
周囲からどう思われるかが気になる。
そうして一つひとつの判断を重ねるうちに、
自分が本当はどうしたかったのか、わからなくなってしまうことがあります。
けれど、人生の主導権は、本来、自分自身が持っていていいもの。
それは、他人を遠ざけたり、自分の考えだけを押し通したりすることではありません。
自分の人生について、自分で考え、自分の意思で選んでいくこと。
今回は、そんな「人生の主導権」について考えてみたいと思います。
私たちは、思っている以上に外側の基準で生きている
私たちは、子どもの頃からさまざまな価値観に触れながら成長します。
家庭や学校、社会の中で、何が正しく、何が望ましいとされるのかを学んでいきます。
それは、社会の中で生きていくために必要なことでもあります。
ただ、その過程で身につけた価値観が、必ずしも今の自分に合っているとは限りません。
「この年齢なら、こうあるべき」
「普通は、こうするもの」
「周囲の期待に応えることが大切」
「失敗しない道を選んだ方がいい」
こうした考え方が、いつの間にか自分自身の判断基準になっていることもあります。
もちろん、誰かの意見を参考にすることが悪いわけではありません。
経験豊かな人の助言によって、視野が広がることもあるでしょう。
問題なのは、他人の意見を参考にしているつもりが、
いつの間にか自分の判断そのものを他人に委ねてしまうこと。
自分で選んでいるようで、実は誰かに認められるための選択になっていないか。
ときには、立ち止まって確かめることも必要なのだと思います。
主導権を持つことと、思いどおりにすることは違う
人生の主導権を自分に戻すというと、
何でも自由に決められることのように感じるかもしれません。
けれど、現実の人生はそれほど単純ではありません。
家族との関係、仕事、経済的な事情、健康状態。
自分一人の意思では変えられないことも、たくさんあります。
どれほど望んでも、すぐには実現できないこともあるでしょう。
だから私は、人生の主導権を持つことは、
人生のすべてをコントロールすることではないと思っています。
自分では変えられない現実があっても、その現実とどう向き合い、何を選んでいくのか。
そこに、自分の意思を持つこと。
たとえば、誰かのために時間を使うことも、
自分で納得して選んでいるのなら、それは自分の意思による行動です。
反対に、本当は無理をしているのに
「断ったら嫌われるかもしれない」という不安だけで引き受け続けているなら、
一度その関係を見直してもいいのかもしれません。
同じ行動であっても、そこに自分の意思があるかどうかで、受け止め方は変わってきます。
自分の主導権を持つことは、何もかも自分の都合を優先することではありません。
人との関係や現実の事情を大切にしながら、
自分の気持ちも置き去りにしないことなのだと思います。
自分の内側にあるものを、確かめてみる
では、どうすれば人生の主導権を自分に戻せるのでしょうか。
私は、まず「自分はどう感じているのか」を知ることから始まると思います。
何かを決めようとするとき、私たちはつい、外側に答えを探してしまいます。
どちらが得なのか。
どちらが正しいのか。
周囲はどうしているのか。
失敗する可能性はないか。
それらを考えることも、もちろん大切です。
けれど、外側の情報を集めることと、自分の答えを見つけることは、
必ずしも同じではありません。
十分に情報を集めたうえで、自分自身にも問いかけてみる。
「私は、本当はどうしたいのだろう」
「何を大切にしたいのだろう」
「何に違和感を覚えているのだろう」
「この選択を、自分で納得して引き受けられるだろうか」
すぐに答えが出なくても構いません。
自分の気持ちが曖昧なときもあるでしょう。
大切なのは、急いで正解を出すことではなく、
自分の内側にある感覚や価値観を、判断の材料としてきちんと扱うこと。
感情だけで決める必要もなければ、
理屈だけで自分を納得させる必要もありません。
自分の感覚と現実の両方を見つめながら、
少しずつ納得できる選択を探していけばいいのだと思います。
自分で選ぶことには、責任も伴う
誰かに決めてもらう方が、気持ちが楽なこともあります。
うまくいかなかったときに、「あの人がそう言ったから」と考えられるからです。
一方で、自分で選ぶということは、その結果とも向き合っていくことになります。
選んだ道が、必ずしも期待どおりになるとは限りません。
後から、別の道を選べばよかったと思うこともあるでしょう。
でも、それは自分で選んだことが間違いだったという意味ではありません。
そのときの自分が持っていた知識や経験、
置かれていた状況の中で、考えて選んだ道だったはずです。
そして、実際に経験したからこそ、見えてくるものもあります。
自分で選ぶことと、自分の選択を責めることは違います。
選んだ結果から学び、必要なら方向を変える。
一度決めたことに、いつまでも縛られる必要はありません。
人生の主導権を持つとは、過去の選択に固執することではなく、
これからの選択を自分で引き受けていくことでもあるのだと思います。
人生の主導権は、小さな選択から戻していける
何か大きな決断をしなければ、人生は変わらない。
そう思うこともあるかもしれません。
けれど、人生の主導権を自分に戻すために、
必ずしも劇的な変化が必要なわけではありません。
今日は何を優先するのか。
誰と、どのくらいの距離で関わるのか。
何に時間やエネルギーを使うのか。
どんな情報を取り入れ、何から距離を置くのか。
疲れているときに、無理をして続けるのか、それとも休むのか。
日常には、自分の意思を確かめる機会がたくさんあります。
もちろん、思うように選べない日もあるでしょう。
誰かの事情を優先しなければならないこともあります。
それでも、自分が何を感じ、何を大切にしたいのかを知っているだけで、
次の選択は少しずつ変わっていきます。
人生の主導権は、ある日突然取り戻すものというよりも、
日々の選択を通して、自分の手に戻していくものなのかもしれません。
自分の人生を、自分の意思で生きていく
誰かの意見が気になることもある。
周囲と比べて迷うこともある。
自分の選択に自信が持てなくなることだってあります。
それでもいいのだと思います。
私たちは一人で生きているわけではありません。
人との関わりの中で影響を受け、考え方が変わり、
ときには誰かの言葉に支えられることもあります。
大切なのは、その中で自分自身を見失わないこと。
他人の価値観を否定しなくても、自分の価値観を大切にすることはできます。
誰かを尊重しながら、自分の意思を持つこともできます。
自分の人生を生きるために、誰かと対立する必要はないのです。
そして、人生の主導権を自分の内側へ戻すということは、
決して孤独になることではありません。
むしろ、自分の考えや気持ちを理解しているからこそ、
他人の考えや選択も尊重できるようになるのではないでしょうか。
誰かに認められる人生よりも、自分自身が納得できる人生を。
そのために、今の自分が何を感じ、何を大切にし、どう生きていきたいのか。
ときどき立ち止まって、確かめてみる。
人生の主導権は、いつでも自分の内側へ戻していけるのだと思います。




















